私は、1985年4月に<株式会社 稲岡商事>(創立当時の社名)に入社いたしました。きっかけは、たまたま見た求人広告の『昼食支給』の文言が目にとまったからでした。昼食支給はたいへん魅力的で、不動産業や茅ヶ崎の地理もよくわかりませんでしたが、面接を受けてみようと思い立ちました。ありがたいことに晴れて入社することができました。
当初は、不動産用語が理解できずまた地名もわからず、毎日地図を確認しながら仕事をしていました。その後諸先輩の指導を受けながら、経理事務と賃貸業務の担当となりました。
当時、会社には賃貸物件が少なく専任物件もありませんでしたので、市内の不動産会社から物件を紹介していただいておりました。バブルになり、稲岡商事の物件も順調に売れ、目標達成の時は食事会があり、ほとんど毎日のように行われたのは良い思い出です
ある時、会社の方針で「これからは賃貸の時代!」だと、自社物件に力を入れることになりました。他部署からの反対もありましたが、徐々に物件が増え、管理業務も行えるようになりました。
時代は移り変わり、人々の暮らしも変わりましたが、稲岡グループはこれからも変わらず、地元茅ヶ崎の皆様と歩んでいく会社でいて欲しいと思います。長い間、お世話になりありがとうございました。私は退職しましたが、これからの益々のご発展とご繁栄をお祈り申し上げています。
古谷さんは、長年稲岡ハウジング(入社当時は稲岡商事)の社員として活躍され、地図に残る業績を数々残されています。お話の中でテラスハウスの話題がちらっと出ましたが、当時の茅ヶ崎にテラスハウスは全くと言って良いほどありませんでして、市内の数多くのテラスハウスの建設に古谷さんが関わっていらっしゃいます。